おいしいシシャモの食べ方

サラリーマンの雑記

貧乏な家に生まれてよかったと思える点もいくつかはあります

僕の家は貧乏でした。

兄弟を喰ったこともあります。

服は基本的に同級生から盗んでました。

7歳の頃には身体をお金に換える術を知っていました。

 

そんなスラム街の子供もドン引きするような幼少期、当時を思い出すと辛かったなと思うことも多くありますが、そんな幼少期だからこそ今の僕があるんだなと思うこともまた、多くあります。

 

一応大前提ですが、お金持ちの家に生まれたかったし、お金持ちになりたいし、貧乏がお金持ちに敵う点は一つもないと考えてます。

貧乏を美化したい気持ちは0です。

 

余談ですが、僕の父親は、姉がその先で夫となる人の両親と初めて顔合わせの食事した際、

「貧乏は幸せだ」

「金持ちは可愛そう」

「お金がないから家族は温かかった」

などというシラフでもゲボリかねない主張を続け、僕の親愛なる姉を食事中に泣かせてしまいました。

姉曰く、消えたいくらい恥ずかしかったと。

100歩譲っても、金を持ち帰らない当人が主張することではないですね。馬鹿な子供が何を血迷ったか現実逃避で宣うならまだしも。

ちなみにお金の代わりに団結力を得たと言っていたその父はもはや僕にとってのみ父親であり、母とは離婚、姉と弟はきちんとした手続きを踏み縁を切ってます。

貧乏は幸せだねえ。

 

僕は縁をきりませんでした。

これはタケノコニョッキの原理です。

まがいなりにも大きくしてもらった恩は恩として、僕だけ父の名字を継いで自分の家庭を築きました。

蛙の子は蛙って言葉もある中で、縁起でもない名前を背負って尚、そんなこと関係なく自分が満足のいく家庭を築けたら、それが一番気持ちいい人生だと思ったからです。

これはただのいい話なんだけど。

 

それで、話を戻して、

貧乏でよかった、と思える点について。

 

1つは、色々な場面でハンデがあることです。

1つはと書きましたがこれが全てかも。少なくとも今パッと浮かぶのはこれだけで、書いてるうちに他が何かあれば2つめを書きます。

 

僕は当然学習塾に行ったことがありません。

習い事も生涯なし(これは純粋にマイナス、自分の子には押し付けにならない範囲でためになる習い事をするチャンスをあげたいです)。

両親ともに勉強や受験に口出ししてこないので、黙ってたら最底辺になります。

勉強したくねぇ、親うぜえという人たちの中僕は、自発的に勉強しなきゃやばいと思ってました。自然に降ってくる教育がないので。

勉強する時は周りよりずっと能動的だったので、親に与えてもらったものと、持って生まれた能力と、費やした時間から考えると、かなりいい成果を上げ続けてきました。

 

学習塾なんてそんな意味ないなと思いながら、大学生時代に塾講師を4年くらいやりました。

1v2形式がメインの塾です。

そこでの話とか、バイト全体の話は、色々書きたいのでやっぱり別の機会に書きます。

(書きたいこと:不機嫌な生徒にはさらに不機嫌に接して気を遣わせる、点数が伸びない馬鹿には毎週90分世間話をして危機感を覚えさせる、生徒のために頑張る自分みたいな顔して時間外の準備作業に時間を惜しまず取り組む馬鹿はバイトくらい選べよ、室長なら歯を磨け、etc)

思い出したけど室長、本当に意味わからんくらい息臭かったな。

それで面談って。だめでしょ。

生徒も幼いから、何人かはその事実をはっきり言っちゃうんだけど、最後まで改善されなかったな。

まぁでもSIAM SHADEが好きだったり、いいところもあったな。

元気かぁ。

 

もう最寄駅着いちゃいました。

橋本の話でした。