おいしいシシャモの食べ方

サラリーマンの雑記

何があっても生きるしかない キッチン/吉本ばなな

中学生の頃近所の古本屋さんに置いてあった「キッチン」を、なんか聞いたことあるぞと何気なく手にとったのがきっかけでした。大好きな作品なので読み返した回数は片手で数えられない程です(両手であれば余裕で足りるとはいえ)。好きな部分や感じる部分は昔から変わっていませんが、時が経つにつれて、もっときちんと言わんとしてることを感じている気がします。

 

あらすじ

幼い頃に両親を亡くし祖父を亡くし、祖母と二人で暮らしていた主人公の女子大生みかげが、その祖母を失い天涯孤独の身になるところから、物語は始まります。途方にくれていたみかげに手を差し伸べたのは、それまで関わりもなかった後輩の男の子、雄一。「みかげの祖母にお世話になっていた」という理由で、母と二人で暮らす自宅にみかげを住まわせます。みかげ、雄一、その母、大切な人を失ってきた三人の生活を通して、誰が何を失おうと平然と回り続ける世界の中で生き続けるということの残酷さと素晴らしさを描いた作品です。

 

感想

妻を亡くし母親として生きることを決めた父親

誰もが圧倒されるような迫力のある美しさを放つ雄一の母親は、実は父親だということが、物語の冒頭で明らかになります。おかまとして、そういう店を切り盛りして、雄一と暮らしているのです。愛する妻を亡くし、妻以外を愛せる自分を考えられなくて、以降えり子として、母親になります。ぶっ飛んでますね。ただこのえり子さんの過去の話や、その経験を通して語られる考えがとってもいい。

 

人生に絶望して初めて自分が本当に捨てられないものを知った

えり子さんの語り。ひとり立ちしたい人は子供でも植物でもいいから何かを育てると良い。そこで自分の限界を知って、そこからが始まり。一度人生に絶望したからこそ本当に楽しいということがどういうことかを知ることが出来た。自分が本当に捨てられないものは何かを知れた。だから私はよかった。

 

今日の午後近所を散歩していて、そろそろ桜が咲きそうだなと思いました。咲いた桜を綺麗だと感じるのは、咲いていない期間がほとんどであるからこそで、広義では咲いていない期間も含めて桜は"""""咲いている"""""のだというポエムを思いついて、奥様に披露しましたが、うざいで片付けられてしまいました。結構いいと思うんだけどね。光があって影があるみたいな。

例えば休日に喜びを感じるのは、対比としてその前フリとなる平日がある人だけで、例えばほとんどニートと変わらないような生活をしていた大学生時代の僕は、休日に特別な喜びを感じていませんでした。1つのことを知るためには、最低でも2つを知らなきゃいけなくて、10000知っている人は、それだけ多くの楽しみを感じることが出来る、とか。

絶望という深い影を落とした心は、どんな小さな光も逃さず感じて喜び楽しむことが出来る、とか。どうよ。

 

世界は別に自分のためにあるわけじゃない

妻を亡くし、妻が大切にしていたパイナップルの木を枯らし、途方に暮れたえり子さんははっきりと確信します。世界は別に自分のためにあるわけじゃない。立て続けに悲しいことがあろうがなかろうが関係ない。何かを失ったところで次にまた何かを失う確率は変わらない。無力さを知り、せめて自分の意思で明るく出来る部分は思い切り明るくしようと、吹っ切れて生きます。そういう紆余曲折を経たえり子さんは、単純な容姿に拠る美しさとは別次元の、圧倒的な生を纏った美しさを手にします。そしてその美しさ故にストーカーに殺されることになるのですが、身の危険を感じる生活の中で書いていた雄一宛の遺書には、妻と結婚したこともあなたを授かったことも女として生きたことも全て含めて自分の人生を愛しているという旨の一文が。自分の人生を愛してるって言ってみてえ。

 

この本は~

ムーンライト・シャドウという、キッチンとはまた別のお話が短編として最後にあるんだけど、それも恋人を亡くした少年少女の話なんだよね。薄い本なんだけど、とにかくみんな死んでる。だけど陰鬱な空気はあんまりなくて(1人は作中で殺されてすらいるのに)、誰が死のうがどんだけ辛かろうが生きてる人は生きてかなきゃいけない、永遠に続くだろうと思うような痛みや悲しみですら時間の前ではちっぽけで過ぎてしまえばその痛みを同じ様に思い出せない本当に残酷な世界だけど、だから平気な顔して生きていかなきゃいけないんですよ。って感じのお話です。めちゃくちゃ読みやすいのでぽすすめです。

 

 

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