おいしいシシャモの食べ方

サラリーマンの雑記

首が腫れ、脇と足の付根にしこり。悪性リンパ腫かもしれないと悩んだ3日間の話

小学生くらいから。首の片側だけが大きく腫れ上がるということがよくありました。数時間、長くても一日で腫れが引くため、親は気にしていませんでした。親が気にしていないので、僕も気にしていませんでした。生まれた頃から病弱で、高頻度で超高熱を連発(ひきつけマイスターを3歳で取得)しているような体質だったので、「きっと扁桃腺が腫れやすい、熱の出やすい体質なんだ」というくらいの認識でした。親も僕もまぁまぁバカなので。

 

中学生にもなると、身体も随分丈夫になって、学校もほとんど休まず。ただ熱を出すとなると、40度超えも珍しくなく、扁桃腺も相変わらず気まぐれにボコボコ腫れてました。

 

高校生ぐらいから。尿検査に引っかかるようになりました。少し汚い話ですが、前日におちんちんで遊んでしまうと引っかかる、という予備知識はあったので、前日だけはきちんと禁ちんしてました。歯を食いしばり、自分の腕を押さえつけ。しかしそこまでしても、毎回引っかかりました。だいたいは再検査でおしまいでしたが、3年生の時、再検査の数週間後、数学の授業中に保険の先生(?)が入ってきて、僕を呼び出し、千葉みなと駅から歩いてそこそこの保健センターに行くように案内されました。尿を見てもらうためです。その場では、問診がありました。結果、部活頑張ってて、少し寝不足で、きっと疲れてるんだね、でおしまいでした。そっか。で、僕の中でも終わりでした。

 

大学生になりました。大学生になると、尿検査に自分の尿を使わなくなりました。大学の健康診断は校舎の中で一番高いメインの棟で行われ、おしっこは、渡された紙コップにトイレで出して、それを廊下で待つ受付の人に出すという方式でした。廊下には沢山の人が居ます。そこを自分の尿をコップに入れて運ぶというのは、シンプルに嫌で、かつ、おしっこを提出するタイミングでうまく尿意がやってこないこともあり、面倒なので、人のおしっこを借りていました(メインは吉田くんのおしっこでしたが、2年か3年のとき吉田印のおしっこで引っかかったので尿検査係を首にし、翌年からは大塚くんのおしっこを借りていました)。このときの僕は、自分の健康や尿の異常に無関心で、かつ、しょんべんを借りるという行為により周りから頂ける「やや笑い」が心地よく、遂におしっこ拝借の辞め時を失ってしまい、自身の尿がどのような状態であるかを知らないまま大学を出ました。

 

社会人になろうとしている、人生最後の春休み。入社するにあたって健康診断の結果を提出する義務があり、近くの大きな病院で受診しました。そこで、尿が引っかかりました。結構派手な数字でした。蛋白も潜血もなんでもありかお前の尿はと、オブラートに包みそう医師から伝えられ、「この子はあなたの会社で健康に働けますよ」という証拠である医師の署名欄みたいなものに、OKとすべきかNGとすべきか際どいラインであることを伝えられました。僕はサインをしろといい顔を殴りました。そのあと色々して、サインをもらいました。条件として、その病院で引き続き尿の検査をすることを言い渡され、承諾しました。そして、次回の検査は方法を変える、1回のおしっこじゃよくわからないからでかい瓶に一日分のしょんべんを貯めてもらう、という説明を受けました。その時僕は、「え、汚い、臭そう」と思い、その検査を受けたくないと強く思い、その日以降その病院に足を運ぶことはありませんでした。そんな不安よりも、社会人として始まる新生活への不安、そして期待が大きく、少し質の悪いおしっこをどうこうしようという方に意識が向かなかったのです。

 

社会人になりました。大人になってからも40度の熱を出すことがありました。ある日に出した熱がとんでもなくしんどさで病院にも行けず、ようやく歩ける程になったころ病院の受付で測った体温が40.8度で「(さっきまでは一体何度だったんだ)」という恐怖に襲われたことがありました。病院から帰っておしっこをして、そのおしっこを見て僕は目を剥きました。真っ赤だったのです。尿道から赤い液体が出る光景、高熱によりリアクションは限られましたが、飛び上がるほどショッキングでした。怖くなりました。検索をすると、ちらちらと「癌」というワードが出てきて、この頃から僕は少し「癌」を意識するようになりました。熱が引くと同時に赤いおしっこは出なくなりましたが、癌というワードを目にしたことで怖くなり、後日腎クリニックに行きました。そしてこれまでの経緯を伝えました。「もしかして、最近扁桃腺が腫れたりする?」と聞かれました。僕は度肝を抜かれ、YESと答えました。何故度肝を抜かれたかと言うと、最初に書いた片側の扁桃腺の腫れが大人になってからも続いている中で、ちょうどその頃、今までと様子が少し変わり、片側の扁桃腺だけではなく、反対側も腫れることがあったため、この医師は全てをお見通しなのだと思ったからです。瞬間、メンタリストに見えました。そしてその医師の言うことには、扁桃腺が頑張りすぎて、自分を守ろうとする免疫のよくわからないやつが過剰に働き自分を傷つけ、腎臓にある毛細血管に囲まれた細かい袋のようなところが炎症を起こし、それが尿の血に繋がっているのだろうと、「iga腎症」という症状だろうと。若い人に多く、すぐに命に関わるような病気でもなく、経過も遅く。そして放置して結果的に何も起きないこともある。ただし20年間放置した結果約20%(50%だったかな?)が腎不全に陥るため、決して軽く考えず、簡単に手を打てるうちに打ちましょうという話をされました。具体的に何をするのかと言うと、まずiga腎症であることを調べるための腎生検と呼ばれる検査をします。うつ伏せで寝て、背中から針を指し、腎臓の細胞をとり、検査するのです。メスなどを使うような手術ではないのですが、止血のために一週間入院が必要とのことでした。そしてiga腎症だと決まれば、元凶である扁桃腺を手術により摘出し、ステロイドだかなんだかを投与して、それもまたなんやかんや一週間ほど入院が必要になるとのことで。僕はその説明を受けて、うわ、嫌だな!と思いました。そしてそこから今日に至るまで約6年、放置していました。

 

そして3日前、自分の身体の異変に気付きました。時々腫れて大きくなる扁桃腺が、常に腫れているのです。1ヶ月前にひどい胃腸炎をやっていたので、きっとその頃から腫れっぱなしになっているのだろうと思いました。不安になりました。そして調べると、たまーに出てくるのです。「癌」というワード。僕は震え、調べに調べました。自分の身体も。そして更に気付きました。脇の下と足の付根に、しこりがあるのです。いずれも片側、いずれもリンパのあるところ。これらのワードで検索すると、出るわ出るわ「悪性リンパ腫」というワード。僕は絶望しました。心配性かつ思い込みの激しい僕は、きっと悪性リンパ腫なのだろうと、自己診断を下しました。面倒くさい、なんとなく嫌だ、そんな理由で全てを先延ばしにしていたツケが回ってきたのだと思いました。最近夫婦関係も親子関係も仕事も何もかもうまくいっていて幸せだと感じることが多かったのも、この展開へのフリだったのだと解釈しました。そして僕は、医者に見て貰う前からほとんど絶望していました。このまま医者に見てもらわなければ、よくはならないけど悪くもならない(悪い状態を知れないだけということには気付いていない)とも考えましたが、しかし勇気を出し、病院へ行きました。地元の耳鼻咽喉科。結果は「わからない」。そして大きな病院への紹介状を書かれました。この紹介状は僕をひどく不安にさせました。ここじゃ手に余る症状なのですか?大きな病院で見なきゃいけないのは最悪に備えてですか?世界一ナーバスになった心はいろんな角度から最悪を想像し続けました。心配していても仕方ない!と意気込むものの、その数秒後「悪性リンパ腫 しこり 大きさ 変化しない」などというキーワードで検索し、どうにか自分が当てはまらないと思える文を探すことに必死になる、という落ち着きない状態で過ごしました。

 

そして今日、紹介状をもって大きな病院に行きました。初めに耳鼻科で診察を受けました。エコーで首を見てもらいましたが、この時間が長い長い。まだ?って200回は思いました。ずーーっとこすって、色んな角度から見続けるんです。簡単な病気であれば200個は見つかっているような時間、それだけかけて見るものが僕の首にはあるんですね?難しい状態なのですか?ここでも疑心暗鬼の絶望ばぶばぶモードに入ってしまいました。少し泣いていたかもしれません。そして長いエコー検査が終わると、CTを撮りますと告げられました。それは僕にとってほとんど癌宣告のようなものでした。だってCTってそうでしょ?少なくともその段階での僕の認識として、CTは癌を見つけるためのものという認識でした。iPhoneで検索しても、癌というワードがどんどん目に飛び込んでくるので、いよいよ覚悟を決めなくてはいけないのだと思いました。そしてCTを撮りました。初めての経験でしたが、目を瞑って横になっているだけのあの時間、頭の上で聞こえる「ウェインウェインウェインウェイン」という機械音がトラウマになるほど怖かったです。撮り終えると、初めに見てもらった耳鼻科に戻るよう案内されました。しばらく待ち、名前が呼ばれ、指定された席に向かうと、さっき見てくれた医者とは別に、どうみてもパワー(権力)持っていそうな白衣の男性が立っていました。怖い顔で。僕は、「あぁ、告知する人きちゃった」と思い、この頃には99%闘病の未来を思っていました。絶望しました。ほとんど泣いていたと思います。言葉少なにCTの画像を見せられました。「ここがね」と見せられた画面には、僕の歯の白にならぶ、謎の「白」。あぁ、これが癌なのかな?僕はナチュラルにおしっこを漏らしました。しかし医師は予想に反してこう言いました。「石が3つある」「腫れてるのは扁桃腺じゃなく顎下腺」「この石のせいで唾液が出てこない、とらないといけない」と。え、癌じゃないの?ということだけが聞きたくて、説明を右から左へ流したあと聞きました。「この石は腫瘍とは別ですか?」。医師は「腫瘍ではない」「命に関わる話ではない」と断言してくれました。その時僕は、もう一度おしっこを漏らしました。嬉しかったからです。嬉しくて嬉しくて、何度も何度も漏らしました。石をとるために手術が必要で、首を切って中のものを出して、全身麻酔が必要だから家族に付き添って貰う必要があって、とか、癌だと思い込む前の僕なら「あ、嫌だ!」で逃げるような強烈なプランの説明を受けましたが、ほとんど癌だと思いこんでいた僕にとってはそれくらいの手術は屁でもなく、どうぞ好きなだけ開いてくださいとドンと構え、これまで20年近く放置し続けた扁桃腺(だと思っていたけど顎下腺)の腫れ問題に、終止符を打つべく、初夏に手術の日程を決めました。渡された雑巾で漏らし倒した尿を拭き取り、青空の下、ウキウキと自転車を漕いで病院をあとにしました。実はいくつかの謎は残っているんです。iga腎症のくだりは?扁桃腺が腫れてなかったならなんの血尿だったのか?とか。でも今はいいんです。

 

この3日間、本当にいろいろなことを考えました。

そのおかげで、見落としてた日常の有り難さと、癌についてのちょっとした知識を得ることが出来ました。この日記は興奮状態で殴り書きしたのでおかしな部分も多いかと思いますが、興奮状態を記録するためにこのまま推敲0で残しておきます。

健康第一で頑張りましょう。